ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

自分の無力感。

その無力感に対する支援は「わたしが普通の生活」をおくるためだ。
その普通への支援をしてもらいながら生き延びることが何だか癪だ。
こんなことにありがたい、と思いたくない。「命」だけを守られることが嫌だ。
わたしは障害をもっているけれど、普通の生活を送ることに留まらない「活動」がしたいのだ。
支援をする人は、その為に学び、生き甲斐を持ち、その活動の為の支援を受けて生きているように見える。
わたしだって、そういう風に生きたいのだ。支援をしてくれる人が誰にでもいるのなら、普通の生活をおくる為の支援よりも、それが出来なくてもやりたいことへの支援を求めているのだ。
どんなに周りと馴染めなくても、求めるものが出来るようになることの幸せは、自分を肯定出来るようになる気がする。
 そしてそれこそが、定型と呼ばれる人より必要とされるかもしれない唯一の方法で、幸せなものだ。
 そうなれば特別に「わたし」を求めてもらえるかもしれない。
それを自分が求めなくても、支援を受ける人それぞれの意思と生き甲斐が叶い、納得するものなのだと思う。
けれどそうはいかないから、普通の生活をおくるため、という理由と、普通の生活というものの定義があって、支援をする。
わたしはそれが嫌だから、特別じゃないといけないって思ってきた。
無理矢理に支援を受けなければいけなかった時は、無力感ばかり感じていた。

欅流リ

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