ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

若い内に自殺すること。

若くして自殺することは、有効だと思う。
道具としての「死」は、有効だと思う。

わたしが死んだことがきっかけになって、
わたしのことを考えてくれる人が一人でもいるのなら「死にたい」と思う瞬間は、いっぱいある。

他人に、わたしのことを考えざるを得ない心境にさせることが出来る。
生きたわたしの能力では適わない強さで、その状況を与えることが出来る。

日本の人は、自ら命を絶つことを美としてきた。
誰かに殺されるより、自ら命を断ち、殺す方だってそれを止めなかった。

生きることへの美しさが見いだせないのであれば死んだ方がいいじゃないか。
生きることへの拘りを奪われるのであれば、死んだ方が美しいじゃないか。


それに自ら命を断つことを美とした時代が終わっても、
「死なないで」などと止められることもない。

「なにも言えない」。「止められない」。「嫌だ、なんていう立場じゃない」。
現代は、見守ってもくれない。

自傷行為なんて慣れられて飽きられてしまうけれど、
死ぬことは一回のことだから、きっと記憶に残るんだろうなぁと憧れる。

自傷行為なんて生きるのを長引かせているだけのような気もする。

「そうやって長引かせながら考えようかな、、」と思う時は、心細い。

命は、本当にどうでもいいものだ。
死ぬことで、人の記憶に残ることに有効ならば問題は何もない。

「若さは武器」だなんて言うけれど、ずっと腑に落ちなかった。
だけど、若く死ぬことに関しては、武器だと思う。

命をそうやって使うのも悪いことではないと思う。
昔みたいに自ら命を断つ美しさが分かりやすくないから、
若くして死ぬことが武器なのだ。

長引かせながら考えようなんて矛盾している。

生まれてきた意味が知りたい。ー生きていたら分からない。
意味がないことが出来ない。ー出来ないなら違うことをしよう。
だから死のう。

それなのにわたしは、希望をもったりとか夢を見ちゃったりして、
無駄に分かりやすい若さを失ってきた。

欅流リ

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