ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

トモダチ

わたしには友達がいる。

暇なときにメールをして時間を潰したり

他愛のない時間を一緒に過ごす友達がいると思う。

友達は、わたしのことを知らない。

将来どうしたいとか、

どんなことを考えているだとか、

そういうことを。

わたしの大切にしているものだとか、

そんなものは「ないものだ」、と思っている。

そういうことを知っている人は、友達ではなく

仲間というか同類という風に考えている気がする。

友達は、わたしが単に暇潰しに連絡していることも気づいていないかもしれない。

わたしも友達のことを知らないから、友達が何も考えていないものだと思っているのだ。

その友達が、ある日わたしにこういった。

『流リちゃんが女の子らしくいて楽に生きられるのはハタチまでだよ、それ以上は内面だから気をつけなよ。』

わたしが聞こえないふりをしていると友達はこう続けた。

『無視してるけどね、わたしは流リちゃんのためを思っていってあげてるんだよ。私たち親友じゃん。

流リは世の中ってもんがわかってないからさ!』

わたしは引き続き聞こえない振りを続けた。

「「友達は、わたしにとって厳しいことを言う必要があるかな、「私のため」を考えて。「本当の」友達だからとか、そういう言葉を付け足したりしながら。」」

わたしのことなんて、分かっていないくせに、

何もかもは聞こうとしないくせに、

わたしの行動をすべて見ようとする気はないくせに。

憎しみのような

友達をバカにしたような感情が、

わたしの中にいっぱいになる。

もうおなかもいっぱいだった。

話すこともない。

そういえば明日は早くから予定があるから帰りたい。

‘今からこの友達とは他人でいいや。‘

そんなことを一人決めたりしていた。

自分とわたしを比較して、

ーあなたはこれがいいね!

ーあなたはこれが出来ていないね!

ー駄目だよ、そんな考え方。

ー駄目だよ、そんな生き方。

それに苛立つわたしは、その友達を強く、強く

排除しようとした。

なのに、わたしのためだと言うのだ。

「流リちゃんのためなのに、なんでだ」って、「流リは逃げている」って

そう言うのだ。追いかけ回してわたしが逃げようとするとしがみついてくる。

「自分は自分だから!」と「流リちゃんのために」意見を言う友達に、
ただ見下されているだけのようだ。

わたしは、逃げてなんかいないよ。
わたしは、あなたに見下されてもかまわない。
あなたには適わない、そんな私でいいから、

あなたはわたしの ‘ただの友達‘ 。
仲間でも同士でも教師でもない。
なんの感情も抱いていない。

わたし、
友達との関係に、そんな自由がほしい。

欅 流リ