ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

笑いながらうどんを食べた。

わたしは、何事にもナイーブになる。

おばぁちゃんが、2年前くらいだっただろうか、、
わたしのことを
ナイーブ過ぎると言った。

その時、それは皆がわたしをナイーブにするからだと、
心の中で思った記憶がある。

わたしには周りの人が、ナチュラルに人と関わりすぎているように感じて、だからナイーブになるんだって。

わたしにも、
ナチュラルに人をナイーブにしている時があるのかもしれない。

わたしは昨日も、ナイーブになって、人を困らせた。

ごめんなさいと訳も分からず謝ると、

たぶんそれは、俺のことが好きすぎて、、

と、冗談みたいなことを言われて笑った。

わたしはあなたと関わることが、全然ナチュラルに出来ない。

たぶんそれは本当に、あなたのことが好きすぎて。

何年か前病院で、もう大丈夫だよと褒められて、自信を持つことが出来た。
わたしは強くなったと思えた。

大丈夫だと言われたから、自信をもって外に出た。

けれどそれからわたしは、周りの人との違いに唖然としたままでいる。

わたしは、病院の中の優等生でしかなかったこと、
外の世界とは全然違う基準の合格だったこと、
主治医の先生や、病院のスタッフさんは、わたしが自傷や他害を選ばなければ合格だと言うこと、

そういうことがよく分かった。

病院にいない人は
毎日、朝起きて働くことや、電車に乗ること、人とごはんを食べること、誰かと友達になること、全部当たり前だと思っている人ばかりだ。

病院の合格なんて、
外の世界では不合格だった。

病院でした沢山の練習は、
なんのためにしたのだろうか、、とぼー、、っとすることが増えた。

すごく苦しかった。
すごく辛かった。

でも乗り越えたら、わたしは外で生きることが出来ると思っていた。

そして退院して外に放り出されていく患者は皆、外でも生きていけるとバカみたいに信じていた。

だけど、わたしは、退院の証明をされたのに、誰にも敵わないのだ。

また病院に行って、出来ないことの練習をしても、あなたに適う人にはなれない。

わたしは、知恵を絞り出して特別な違う戦い方しか出来ない。

それを認められなければ、前向きな決断をしたことにもならない。
外の人は、わたしの前向きな決断を褒めてくれるということも学んだ。
それは、同じ土俵でわたしと関わりを持ってはくれないということだけれど。。



病院では、人と同じように生きていけるように沢山練習したんだけどな、、
なんて、あなたと同じ目線で付き合いたくなってから、

あなたとナチュラルに関わることが出来ないと、
わたしは思い知らされた。

確かに昨日わたしは、あなたのことが好きすぎて泣いていた。

あなたにごめんねと言ったのも、自分が情けなくていつ死んだっていいと思ったからだ。

けれど、あなたに何かが出来るなら、そのために生きていようと思った。

あなたの苦しみを、痛いほどに感じることが出来る。
わたしも、あなたに共感できるような苦しみを感じたことがあるような気がした。

ただ、
無力であることがこれほど無力であることを、いままでずっと、
知らなかった。

あなたの、
多分俺のことが好きすぎて、、っていうわたしの涙の理由が、冗談のくせに的を得ていて、笑いながらうどんを食べた。

欅流リ