ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

カラクリ。

【わたし】
という存在は小さい。

あの子でも
あなたでもきっとよかった。
絶対によかった。

けれどわたしは、
どうしてもわたしに

自分をさらけだせ.

と迫るし、

周りを見ても、
追われているのはわたしだけだと思えてくる。

別にわたしでなくとも、
あの子でも、あなたでも、
誰だってよかったはずなのに、

愛で溢れたような顔して
優しさで包み込んでくれそうな素振りで
自由に生きていいよ!って態度で、
いつも心臓にいる。

自分は平凡すぎる

と結果論に悩むことがない変わりに、

自分は自分であり続けることしか出来ないと悩む。

【わたし】という存在は小さく
無力だ。

一人だから仕方がないと、
気持ちを落ち着かせることも出来ない。

人と関われば、その無力さが解消されるか考えれば、また別の不安に駆られる。

わたしでなくて良いとわたしのどこかが許せば、その無力さが解消されるわけでもない。

わたしがわたしであるワケは、
成長しても経験しても変わらない例えば、
性質のようなものの気がする。

それならわたしのカラクリは、
単純で平凡だ。

わたしは平凡で、そして無力なもの。



要りますか、


と前もって言われていたら、



そんなもの要らない



とこたえていた。


わたしの性質は、
要らないものを選んだ。

わたしがわたしであるワケを、
選ぶことができなかった。
そしてそれ以上のワケを、作ることも出来なかった。

しかしそれは、わたしにとって有意義なのだろう。

そんなものは要らない

と頭で切り捨てているものにも、感情は芽生える。

わたしが選べるのは、
自分への捉え方である。

拒絶や憎しみ、そして劣等感。
受容や慈しみ、または優越感。

わたしはそのどれも選んだ。

自分を他人のように感じるという主張が、変わった話だとは思えない。
別の人間がそれぞれの伝え方で表したものを、幾度も目にした。

【わたしは、自分の足でなど歩いていない】

という前置きを残してからでないと、続きの人生を生きたくないと思うからだろうか。

そんな人たちが、沢山いるからだろうか。

それは

【自分の遺伝情報を残さずに死ねるか】

とでもいいたげな強い欲求。

自分の意思とは無関係な、
捨てられない無意識。

感情が芽生えてしまうことは、
厄介なことだと思う。

感情が芽生えるから知識や意見に、要らない翻弄をされるような気がする。


要らない細胞のかたまりだけになってからでないと、燃やされないような気もする。


欅流リ

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