ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

繊維のような時間。

ひとりが寂しくて、
わたしはわたしの思春期の説明をはじめた。

そのまま言葉にしたら足らず、誤解もされたくない繊維のような思春期だった。

人に説明するために、
どうでもよかったことをわざわざ言葉にした。

たとえば制服をきられなかったこと。
学校へ行って、漫画のような青春を過ごしてみたかったこと。

どうでもよかった。

今でも、後悔してわざわざ言葉にするほどでもない。

だからその時もそう過ごした。

腫れ物のように扱われることには慣れているし、気を使われることに申し訳ないと思わなかった。

今わたしは
安っぽい建前を話しながら、わたしの時間を説明している。

制服をきなかった、それは分かりすい。
会話という方法で
本質をつくことも避けられる。
同情を誘うことも、人との差別化をはかりながら同じ価値観かのように思わせることも出来る。

声に出さなければ、
わたしはずっとひとりのまま、
繊維のような時間を、
ただ大切にするしかなかっただろう。
大切にしておくほど、
心を閉ざしてもいないのに、
下手に心を明かしても
同じように孤独なのだ。

だから安い話をする。

正確に説明しようとすればするほどだれの心にも届かなかったから。

それはすごく寂しくて
わたしの繊維のような時間を正しく説明して、正しく理解されなくてもいいんじゃないか、と思う程だった。

制服をきたかったとか学校で部活をしてみたかったとか
そういう風に言葉を変えたらわたしの時間を会話にしても辛くないと気づいた。

正しくなどなくても、
私は正しくないことを分かっている。
ひとりで抱えているからと、
本当にひとりにされることもない。

自分が分かっているならば、
話言葉で間違っていてもいいと思えた。
いつもの会話も、正確でなんかないのに、
あの繊維のような時間が特別だから、これほど説明と理解の正しさを求めているのだ。

制服をきなかったという一言は、
わたしの過去を歪ませた。

下手なわたしにとって会話は、真実を伝えるのに無力だ。

だから、寂しいのならいい。
無力なのだから、いくらでも話せばいい。

はじめは自身を侮辱しているように思えた。
けれど今は

制服を着られなかった

と、少し心を込めて言えるようになった。

正しいことは
わたしの中にあり、
試行錯誤した創りものの中にあればいい。

あの時間に寂しくて葛藤するほどのこともない。
そして、人との会話に執着などないのだから。

欅流リ

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