ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

「さみしさの選択肢」

自分のことを意識する前から、さみしさに支配されてきた。
赤ちゃんのときから、無意識にさみしさを感じていたはずだ。

自分のことを意識しはじめてからも、
何も生み出せないこととか、何かがなくなってしまうこと、
少しずつ自分の衰えのような変化を感じること、
全部がさみしいことだ。

さみしさを表すようになってから、
ふとしたさみしさに感情的になっては、後悔したことが沢山ある。

さみしい時は、二つの選択肢を選ぶことしか出来ない。

わたしのさみしさを誰もが埋められるわけではない。

人肌が恋しいからと、誰でもいいから抱きしめてほしいと思うわけでもない。
さみしい気持ちを受け止めてくれるのであれば、誰でもいいわけでもない。

わたしが求めるのは、厄介なもの。

それは、「一番遠くにいるような気がする人」であり、その人だけが
このさみしさを埋めてくれる。

一番遠くにいるような気がする人にとって、
「わたしの「さみしい」」
という一言は、とてつもない負担になるだろう。

一番遠くにいるような気がする人は、いつも忙しく、余裕がないように感じる。
わたしがいくら気を使ったって、届かないような気もする。

そんな偶像のような相手とのほんの些細な繋がりを、全てを壊してしまう気がして、
今日も相手にとってわたしは、沈黙していたようにする。

言いさえしなければいいのだ。
この一言が、どう作用するか分からない相手に
「さみしい」
と言うのは怖い。
このさみしさを明日なかったことにして今日を乗り越えさえすれば、
明日以降も平穏であることに間違いはなさそうだ。

けれど、さみしさに勝つことへの意味を見いだせなくなったとき、
時間と労力をかけて作り上げてきた関係や信頼、そして想いを、一瞬で壊すことをするだろう。

あの人もさみしいだろうか。
もしかしたらあの人も、さみしいかもしれない。
けれど、さみしいわたしと居ることは望まないだろう。

今日の夜、わたしはどちらを選ぶ。


・・・今日の夜、あなたはどちらを選ぶ。

欅流リ

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