ADHDの日課

19歳〜。苦手な日課です。ADHD(手帳は二級) 名前欅 流了リ(けやき

「あなたの好きにしてください」

いつか終わる恋愛ならば、寂しさを紛らわすことだけでいい。
恋した相手を欲望に負けて愛することとはつまり負け勝負。
失恋は辛いけれど、その時間は健康的である。

相手の秘密も知らず、私たちの事情もなく、
ただただ失恋への痛みを癒す時間である。
それは明るみの辛さである。
誰もが共感してくれるだろう。
そして、一緒に慰め合うことも出来るだろう。
愛すれば違う。
自分にしか分からない憎しみになり、相手の不幸がいい気味で、
そんな相手を失った日には、長い時が過ぎても、その愛を消すことが出来ない。
次に愛に出会い、その愛の影響を強く受けていると感じたとき、それは自己犠牲であったとさえ思う。

「あなたの好きにしてください」
わたしはあなただけを想い、行動をする。
わたしの身体や心、そして、あなたがわたしの時間だと気を使ってくれる時間でさえも、本当はあなたの為の時間であることを、
あなたはいつまで経っても気づかないだろう。

あなたは、わたしのことが心底好きだ。
それは、わたしがあなたを愛しているからだ。

あなたを愛し、そしてあなたの為にわたしの全てを捧げているからだ。

あなたはわたしを愛してはいないから、そんなわたしを好きになるのだ。
わたしを愛するという選択肢を、あなたは持たない。
あなたは、わたしが危険な程の愛を持ち横に在ることを想像もしないだろう。

いつか愛される期待を待ちながら愛し、同時に相手を失った時、わたしはあなたを心底憎むだろうと考えている。

片思いの愛は無償ではないのだ。

愛し合った相手であれば、その憎悪に満ちた憎しみを、互いに理解することが出来るかもしれない。

けれど、片思いの愛はいつだって有償で、終わりを想像しながら愛している。
そんなわたしのことを愛さず、大好きだというあなたを憎みながらより愛するのだ。

だから、全ての人を愛してはいけない。
無償の愛を実行してはいけない。無償の愛は自傷行為である。

人を身勝手に愛してはいけない。
安心の出来る場所で、涙がやっと流れるように、
平和な場所こそが、人を愛す場所である。

平等とは自傷的である。
愛を愛することの出来ない癖に、全ての人に平等に愛を注ぐことは、差別と区別が出来ずに、愛を放棄することと等しい。

愛する行為は自分を傷つけるが、
それでも愛を持って生きる人間は、感謝されるのだ。
愛のために生きるのだ。

愛している人間は、作為的に自傷的行為し、人の役に立つ。

愛を持たなければ、見えないものはある。
それを知っているから、愛するのだ。

自分を傷つけなければ、気づけないこともあるように。
意識しなければ出来ないことがあるように。

だから愛とは選択である。
差別や区別、そして目的の為の道具である。

「あなたの好きにしてください」
傷ついて諦めたその言葉が本心ならば、それを言うまでゴミくずであることしか出来なかった。

愛でのし上がり、愛で確かめ、愛で何かを成し得たいのかもしれない。愛は大抵のことを動かす力があるのだから。

しかしそれは、罪であり欲望である。

無償の愛から解放される目的のために、
無償の愛を捧げているのなら、なんて救いある暗闇だろう。

愛は差別的で区別的なものだ。
無感情に愛し、「あなたの好きにしてください」と日常的に言うあなたとそしてわたしは、そこから逃れることを考えることなく生き、愛される人を見ても、愛されている人を愛するだろう。



誰に対してもこう言うのだ。


「あなたの好きにしてください。」
「あなたの好きなようにしてください。」
「あなたの好きにしてください。」



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欅流リ